前野隆司|人はなぜ「死ぬのが怖い」のか|講談社+α文庫

意識受動仮説の前野隆司先生が「死について」語る本。

宗教観が絡むんだよねぇ

何となく,日本というのは,死についてニュートラルに語れる環境がある気がします。死というのは宗教観と不可分だからですかねぇ?

以前のエントリーで紹介した地質学者の藤岡換太郎先生が,『イタリアで「泥火山・水素・磁鉄鉱が蛇紋岩の三位一体です!」と発言したけど全然反応がなかったYO』という内容のことをお書きになっていましたが,そのときの状況を想像するだけでもなんだかゾワッとしちゃいます。日本人の宗教に対する鈍感さを示す例なんじゃなかろうか・・・,と。見当違いなら,スミマセン!

あと・・・・何となく,死生観をズバっと語られてビビるっていう意味では,

(例1)マンガ『Death Note』・・・デスノートを使った人間が天国に行けると思うなよ>>そもそも天国なんてないんだからアタリマエじゃん? ・・・・

リューク「デスノートを使った人間が天国や地獄に行けると思うな。死んでからのお楽しみだ」 
ライト「天国へも地獄へも行けない… それだけでわかったよ リューク」 
リューク「ん? 何がだ?」 
ライト「単に天国も地獄もないって事だろ?」 
リューク「! ……………… 
     おまえには本当に驚かされるな。人間って奴は皆 天国や地獄の存在を本気で信じ切っていると思っていたが。 
     ああ おまえの言う通り 天国も地獄もない。生前何をしようが死んだ奴のいくところは同じ。死は平等だ」 

 (注)Death Noteは2006年に完結

(例2)おいでやす小田さんの一人コント・・・結構好きです♪

などがありました。こういう語られ方は,意外と最近である気がするんですがどうですか?

それはさておき

メモ=2013年に出版,2017年に文庫化

文庫版あとがきによると・・・「死ぬのが怖くなくなった!」と豪語していたが,この本を書いているうちに「やっぱり怖くなった!」とな! 死を「言語」によって語ろうとすると,どうしてもそうなるだろうねぇ,やっぱり「肉体」を抜きにして「死生観」ってのは語りにくいっていうことなんでしょうねぇ。ということで,確かに面白いが,帯に書いてある「衝撃の結論!」というのは盛りすぎ・・・かなぁ,という正直な感想。思考の整理には十分すぎるほど十分。

 

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