生命とは何か|シュレーディンガー

生命とは何かー物理的にみた生細胞|シュレーディンガー著|岡小天・鎮目恭夫訳|岩波文庫

シュレーディンガーの猫

物理を知らない人でも,シュレーディンガーの名前は聞いたことがある人が多いのではないか? 名前ぐらいは。量子力学の引き起こす観測問題を思考実験としてモデル化した「シュレーディンガーの猫」は,その内容はともかくとして,科学番組などでも取り上げられることも多い。

その,物理学者として知られるシュレーディンガーだが,後年,物理から袂を分かち,生物学へとその関心を向けることになる。これはそのエッセイ。

時代としては,ワトソン・クリックのDNAのモデルが解明される前夜の20世紀前半ぐらい。物理学が世界のすべてを解き明かす期待も残っていた一方で,生命現象だけは物理法則とは別の原理(神学的何か?)が働いているのではないかという思いも根強い時代・・・というのは,やや図式化しすぎた不正確な解釈だとは思うけれども,まぁそのころの時代。

そんな時代に,生命現象をも熱運動などの物理法則に則って一般向けに説明しようとする名著。文体はめちゃめちゃ読みやすいけど,物理か生物か,どちらかあるいは両方の知識が不足していて,内容に関しては十分理解できねぇ! という人が多そう,という予想。ただ,それでも面白く読める。

負のエントロピーを食べる

ワタクシの場合,高校時代の物理の先生にその存在を知らされた。物理学徒は,ご飯を食べることを「『負のエントロピーを食べに行ってくるナリ!』などとおどけて言うことがあるよ」と教えてくれた。アホやなぁ~と思いつつ,そんなアカデミック・親父ギャグにも憧れの気持ちをもって受け止めたものである。

生命現象をエントロピー的に捉えて,生命というものを「エントロピー増大の法則(秩序はほったらかすと破壊される一方だよ!)」に抗って,「負のエントロピー=ネゲントロピー」を取り入れることによって維持している存在,という風に定義している。

そういえば,ワタクシの高校時代でも,ワトソン・クリックの話は生物の教科書に載っておらず,先生が一から板書しながら説明していた記憶がある。80年代後半。

あとがきに,福岡伸一先生が

さて,一年ぐらい前にふと思い立ってこのシュレデーディンガーの本を再読したくなり本屋に走ったわけだが,今は岩波文庫の一冊として読めることを知ることになる。訳者の鎮目恭夫さんが書かれた「訳者あとがき」の註に,『生物と無生物のあいだ』をお書きになられた福岡伸一先生について述べられた箇所がある。少々長いが,それを引用させていただく。

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ただし、第六章60節(一四五ページ以下)の「負エントロピー」という一言葉は、その直後の原註にもかかわらず、やっぱり誤解を招きやすい言葉だ。なぜなら、今日の物理的科学には熱力学のエントロピーと通信工学に由来する情報理論のエントロピーという二種類のエントロピーがあって、この両者が分子生物学の大学教授などによっても、しばしば混同され過誤や混乱を助長しているからだ。私はたまたま最近(二OO七年)出版された通俗科学書のベストセラーものの一つに、この混同と過誤の誠に見事な標本を見つけたので、ここに引用する。

「シユレーデインガーは誤りを犯した。実は、生命は食物に含まれている有機高分子の秩序を負のエントロピーの源として取り入れているのではない。生物は、その消化プロセスにおいて、タンパク質にせよ、炭水化物にせよ、有機高分子に含まれているはずの秩序をことごとく分解し、そこに含まれる情報をむざむざ捨ててから吸収している。なぜなら、その秩序とは、他の生物の情報だったもので、自分自身にとってはノイズになりうるものだからである。」(講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』一五0ページ)。

この文中の「生物」を「動物」と書き換えれば、少しはましだ。それにしても、シユレーデインガーは、本書をまともに読めば分かる(『ガモフ物理学講義』、白揚社近刊の中の「生命の熱万学」の項とそこの訳註を見ればいっそう分かりゃすい)ように、タンパク質などのような有機高分子の秩序を負のエントロピーの源だなんて一言ったのではない。そして彼は、遺伝物質を構成する大型分子(彼が非周期性結日聞と呼んだもの)は、時計の歯車のように熱力学を一応超越した(エントロピーと無関係な)個体部品だと言ったのである。

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この註の真偽や,福岡伸一先生の本の評価について述べる力量は今のワタクシには無いのだが,とりあえずのワタクシの直感は,「事態はそれほど単純ではないのではないか」というもの。

この辺の事情が分かる方,教えてくだされ!!

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